話し手を変える(旦那の母親編前編)
そもそもこのケンカは彼の家族についてがきっかけです。
切り口としては、彼の家族に相談するしかないと思っていました。
旦那は家族をとても大切に思っていましたし、
彼が唯一心を許している人々なのだと感じていました。
あまり深く付き合う友達もいないようで、
またあまり友達への関心も無いようでした。
彼の父親は無口でほとんど話した事がありませんし、
相談できる感じではないのですが、
母親はとても気さくで話しやすく優しい人でした。
もともと専業主婦だったのもあり、
全ての家事は母親1人でやっており、
料理、洗濯、掃除とそれはまあ丁寧で美しく、
家はいつもとても綺麗でした。
彼の中でこの母親が家族の中心であり理想なのでした。
最近は仕事もしてましたから、両立は大変そうでしたが、
他の誰もあまり手伝う様子はありませんでした。
長年染み付いた習慣はなかなか変わりません。
亭主関白で専業主婦の典型的な家庭。
父親ももちろん優しい方ではありましたが、
定年まで同じ会社に勤め上げ、真面目で寡黙。
仕事は男のもの、家庭は女に任せるという昔ながらの家庭概念。
母親は私にとっても口煩くいう事はなく、
私もそれに甘えてあまり手伝いなどもしませんでした。
少し手伝おうとしても、簡単な事をお願いされる位で
台所は母親のテリトリーという感じでありました。
子供も連れて行ってましたし、まあいいかなと、
彼の家に行った時はお客様気分でありました。
私にとっても有難いお母様なのでした。
しかし、その女神のようなお母様こそが、
私達の結婚生活が上手くいかなかった理由だったのです。
彼は俗に言う「マザコン」ではありませんでした。
そういうのはカッコ悪いという感じで、
母の日や誕生日など、何かしてあげているところを見たこともありません。
でも彼の理想はこの母親そのものなのだなと今になっては思うのです。
典型的な良い妻、良い母親であるお母様と、
仕事を頑張りたい、家事が苦手な私。
お母様とは似ても似つかない私。
違うからこそ惹かれたのかもしれないですが、
結婚生活は家事能力、当たり前にある能力だとでも思ったのでしょうか。
正直なところ、稼ぎも貯金も彼以上にありました。
私は、勉強もできましたし、「私は家事をするために勉強していい大学に
入ったのではない。」と思うほど傲慢でもありました。
結婚も子どももあまり考えてきませんでした。
旦那の前ではいい子に家庭的に振舞っていたわけでもありません。
私が全く家庭的でないことは誰が見ても一目瞭然でしたし、
結婚後は私自身が想像していた以上に家事を頑張ってきたつもりです。
それでも彼は全部やってくれていた母親を無意識に求めるのでしょう。
大声で言ってやりたい!
「お門違いも甚だしい!!」
すいません、話がずれました。
こんな背景がありつつ、どのように相談して言ったか次に書きます。
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